おはよーさん

朝のコーヒーブレイク中😆

 

 

 

 

みなさんはいつも気を遣っています。

 

 

周囲の人への配慮を常に考えています。

 

 

気を配る、相手を思いやる

 

 

とても素敵なことです。

 

 

私たち日本人の国民性とも言える誇らしいものでもあります。

 

 

 

でも

 

 

何にでも適度というものがあります。

 

 

 

自分を犠牲にしてまで、本意じゃないことをすることはありません。

 

 

 

例えば、何かを頼まれても、断らずにやってあげる。

 

 

 

「やってあげる」

 

 

 

この言葉、キーです。

 

 

 

やってあげる=自分が相手より優位であり、感謝されるべき。

 

 

 

本当に好きでしているのであれば、相手に期待もしないでしょう。

 

 

 

また、こんな風に考える方はいますか?

 

 

 

何かを頼まれても、いやと言えない、断れない、断ったら嫌われる、冷たい人だと思われる。

 

 

 

もし、そんな風に考えるのであれば、その考えを切り離しましょう。

 

 

 

何故なら、全て妄想の中で勝手に自分で不安を作り上げていて、それに悩ませれているからです。

何かを憂いたり、悲しんだり、怒ったりするのは、過去の経験から照らし合わせて判断します。

 

 

 

以前そうだったからと言って、毎回そうとは限りませんよ。勝手な思い込みかもしれないことも多々あります。自分の考えの枠の中で苦しんでいるのかもしれません。

 

 

 

決めつけると、新たな可能性を自ら諦めてしまうことに。

 

 

 

察しろとか、空気を読め!という考えは私からしたら、相手の都合のいい言い訳のように感じます。

それなら先に必要なことを言えばいいと思ってしまうのです。

 

 

 

いつも優位な立場にいたい人が使う常用句のようなものに聞こえます。

 

 

 

 

私は不安を払拭するためにも、実体験を求めます。
相手の反応は必ずしも自分の想像していたものと一致しないからです。

 

 

 

 

相手がどう考えるかは、聞き出さないと分からないからです。

 

 

 

 

その時に自分の考えの上書きや更新が行われる、その結果、相手との建設的なコミュニケーションも生まれる。

 

 

 

 

聞いても、本音を言わない人もいるくらいなのですから、想像でその人が何を考えているか、感じているのかを当てるのは、相当難しいと思います。

 

 

 

 

自分のパライダム(考えや認識の枠組み)をシフトしましょう。

 

 

 

 

そこからが本当の意味で自分と向き合うことになると私は考えます。

 

 

 

 

期待や欲を一旦横に置いて、物事を俯瞰的に捉えると、結構シンプルなものです。

 

 

 

 

やってあげたんだから、感謝されるべき。

 

 

 

 

こんな風に思っているなら、時間の無駄です。

 

 

 

 

自分でこんがらせてるんです。

 

嫌ならハッキリ断りましょう。

 

 

 

 

断ることでいい方向に変わる関係性もあるんですから。

 

 

 

 

その気付きに気がつくと、楽になります。

 

 

 

 

そんな気づきの機会になれたらと思うのが、私の望む手相鑑定です。

 

 

 

 

 

これまで通りの思考にとどまるのか、新しいアプローチをとるのか、それは全て貴方次第。

 

 

 

 

 

朝のつぶやきでした。

 

 

 

今日は知り合いのお誕生日!

おめでとうね😆

 

 

 

きっとこのブログ読んでくれてるだろうから。

 

 

あっ、期待しちゃったよ😆

 

 

ギャハハ!

 

 

 



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